2026年7月28日火曜日

2026年5月3日日曜日

第28回(熊谷法華講48回)法華講総会のご案内


 *午後1時のお講終了後に総会を開催します。

2026年1月29日木曜日

2025年11月1日土曜日

令和七年宗祖日蓮大聖人御大会(お会式)のご案内

 


当門流の最重要行事「日蓮大聖人御大会」を下記の通り奉修いたします。
万障繰り合わせご家族お揃いでご参詣ください。

2025年10月31日金曜日

日蓮大聖人御大会(お会式)

 宗祖日蓮大聖人は、弘安5年(1282)10月13日に武州池上(東京都大田区池上)において、ご入滅(にゅうめつ=逝去)されました。その時には大地が震動し、時ならぬ桜の花が咲いたと伝えられております。

 この大聖人の「滅不滅」(めつふめつ=肉身の滅・本仏の不滅)・「常住此説法」(じょうじゅうしせっぽう=常に私たちの身近かに住して、法を説かれている)のお姿をお祝い申しあげる法要が、当門流において最も重要な行事である「お会式」(おえしき)です。


 法要を迎える準備として、「お花作り」(おはなづくり=竹材に桜の花の造花と紙で作った葉を紙テープで巻き付ける)をします。また、お酒やお餅、季節の果物などのお供えし、お花を飾り付けて御宝前を荘厳します。

お会式法要の次第は、献膳(けんぜん)・読経(どきょう)に続いて、「申状」(もうしじょう)が奉読(ほうどく=謹んで読み上げる)されます。

 「申状」とは、大聖人や日興上人等の日興門流ご歴代(れきだい)上人が、時の権力者や朝廷に対し、「国を安穏にするためにも正法に帰依すべきであり、末法においては法華経を持つべきである」ことを訴えた書き物です。

 申状奉読は、まずはじめに日有上人(にちうしょうにん=祖山大石寺9世)の申状、その後『立正安国論』(りっしょうあんこくろん)』、日蓮大聖人・日興上人(にっこうしょうにん=祖山大石寺開山)・日目上人(にちもくしょうにん=日興門流第3祖)・日道上人(にちどうしょうにん=第4世)・日行上人(にちぎょうしょうにん=第5世)の申状が奉読されます。

 引き続き、読経・唱題し、布教講演(僧侶の説法)がなされ、最後に御宝前のお花をくずして法要は終了となります。


 当門流におけるお会式の意義は、まずは末法の御本仏である日蓮大聖人の滅不滅・常住此説法をおよろこび申しあげることであります。

 また、大聖人の正法を立てて国を安ずるという「立正安国」のご精神を継承することであり、さらに大聖人を御本仏として信伏随従された日興上人のお姿やご精神を受け継ぐ決意を新たにする法要であります。

2025年7月22日火曜日

2025年5月27日火曜日

東京教区合同研修会


合同研修会への参加者を募集しています。ホームページのお問い合わせ、または寺院受付に直接お申込みください。

2025年5月5日月曜日

源流院法華講総会を開催します。

*総会に先立ち、「日蓮大聖人ご報恩お講」を奉修いたします。





2025年3月2日日曜日

観桜会(お花見)を開催します。


*参加を希望される方はお弁当を用意しますので、ホームページの「お問い合わせ」からお申込みください。

2024年10月13日日曜日

源流院墓地が開園しました。

「源流院墓地」が開園しました。

現在、従来型の一般墓地の区画と、永代供養塔(納骨堂)が備わっています。また、樹木葬の区画も確保し造成準備中です。

【お気軽にご相談ください】

統計的に少子高齢化の回避はたいへん困難であることは衆目の一致するところです。こうした社会的背景や価値観の変化によりお墓のあり方、先祖供養のあり方も多様化しています。

「いまあるお墓を守ってくれるか不安」

「将来的に無縁仏になってしまうかもしれない」

「子や孫に負担はかけたくないが、ご先祖は守りたい」

当寺院においても、このようなお悩みを抱える方からのご相談が年々増加傾向にあります。

誰もが必ずいつかは直面する現実と向き合い、ご先祖をお守りする最善の方法を探るお手伝いをいたします。

大規模な墓地ではありませんが、そのぶん目が行き届きますので「アットホームな墓地」を目指そうと思います。

改葬(お墓の引っ越し)・墓守り(後継ぎ)の問題・費用面の不安など、どうぞお気軽にご相談ください。(見学はいつでも可能ですが、直接相談を希望される場合は事前にご予約ください)

【永代供養塔使用例(1体)】

合祀(永代供養塔地下にご遺骨を埋蔵) 60,000円

安置(永代供養塔内の棚に骨壺を個別に安置)150,000円~

いずれも「年間管理費」は必要ありません。

【墓地使用例(一般的な従来型墓地です)】

基準となる墓地永代使用料(墓地代)

1㎡ 180,000円(年間管理費3,000円)

2㎡ 300,000円(年間管理費5,000円)

さらに広い区画をご希望の場合、基準区画を組み合わせ4㎡・8㎡など対応しております。(墓石工事や費用については下記の石材店にご相談ください。)

【お問い合わせ】

埼玉県熊谷市今井172 源流院墓地

源流院墓地管理事務所 048-501-1400

(有)石の店小川 048-525-3303

2021年3月4日木曜日

春季彼岸会法要(しゅんきひがんえほうよう)



 お彼岸は仏教の発祥地であるインドや中国からの伝承ではなく、 日本において独自に発達した行事です。その始まりは平安時代といわれ、 今からおよそ1200年ほど前から行われてきたと伝わります。

 お彼岸の期間は、春と秋の2回、それぞれ「春分の日」と「秋分の日」を「中日(ちゅうにち)」として7日間営まれます。またこの中日は、それぞれ昼と夜の長さが同じであることから、時が正しいと書いて「時正」ともいわれます。ですから、このお彼岸の時期を正しい節目として、先祖の供養が行われるようになったものと考えられます。


 さらに「彼岸」という言葉には、悟りの境地という意味があります。くわしくは「到彼岸(とうひがん)」といいます。

 これは私たちが、迷いの世界=此岸(しがん・此の岸)から、悟りの世界=彼岸(彼の岸)に至るという意味です。したがいまして「彼岸」とは、仏道修行によって到達するところの仏様の境界、境地のことを指しているのです。


 彼岸期間中の修行については、六波羅蜜(ろくはらみつ・布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧)という6種類の具体的な徳目が掲げられ、これを「菩薩(ぼさつ)の心」をもって行なうことが示されています。
 菩薩の心とは、「化他(けた)」といって、自身の得た利(徳)を他人に施すことです。本来の「修行」とは、暝想に耽ったり、肉体的な苦痛を強いるなど「自行」に留まるものではありません。肝心なことは、正しい仏さまの教えに基づく「化他」の慈悲心が備わっているか否かです*このあたりの説明は「秋季彼岸会法要の案内」で述べます。


 ところで、一般には、お彼岸はお盆とともに「お墓参りをする日」という印象が強くあります。本来の意義と一般認識とのズレは「追善供養(ついぜんくよう)」というものの捉え方によるものと思われます。

 「追善」とはその字のとおり、善行(ぜんぎょう・善い行い)を故人に追わせるという意味です。亡くなった人は善行を積めませんから、代わりに生きている者が善い行いを積んで故人(こじん)の成仏を助けようということです。


 この考え方がもとになって彼岸の時期「修行」に励む習慣ができたわけですが、次第に自分の修行よりも先祖に対する供養の意味の方が重視されるようになり、今では「お彼岸」といえば「先祖供養」という考え方が定着してきているようです。

 先祖供養は、まず、我が身の根源である父母、先祖を敬い、奇跡的な確率でいただいた貴重な生命(いのち)に報恩(ほうおん)感謝の気持ちで臨むことが大切です。

 さらに、報恩(恩に報いる)のため、「限りある人生」の価値を少しでも高めようと日々努力することが重要です。お墓参りは、仏さまやご先祖に自分の頑張りや反省を報告する機会と考えましょう。ご先祖に嘘偽りは通用しませんから、普段、客観的に見ることのできない自身の本当の姿が現れるに違いありません。

 日蓮聖人は、「人は善根をなせば必ずさか(栄)う」と仰せになり、このお彼岸の時期は善根や功徳(くどく)を積むためにも大切な時節とされています。

 私たちは、南無妙法蓮華経という「自行・化他」の備わったお題目を唱えることにより、この功徳があまねく世界の人々に流布することを願っております。

 今回は、「先祖供養のお盆」「修行期間のお彼岸」が本来の意義であることを知っていただければ、と思います。

2021年2月16日火曜日

日蓮大聖人 御生誕会(ごせいたんえ)

 2月16日は、日蓮大聖人がご誕生された日で、特に今年は、御生誕800年という大変おめでたい節目となります。

 貞応元年(1222)、安房国小湊(あわのくにこみなと=現在の千葉県鴨川)において、貫名次郎重忠(ぬきなじろうしげただ)を父、梅菊女(うめぎくにょ)を母として出生され、善日麿(ぜんにちまろ)と名づけらたと伝わります。

日蓮聖人縁起絵巻「御誕生」(狩野典信原図/津山妙法寺蔵)*1

 聖人は「海人が子なり」、つまり漁師の子であったと言われておりますが、諸説あります。出自についての表現は、自らを身分の低い者と位置づけることにより、末法(まっぽう)の世における成仏の対象は、身分や能力の高下によらず、求道心ある者すべてである。むしろ苦しみ多き弱者こそ信仰心を抱かせ、成仏に導かねばならない、という法華経の根底に流れる平等観が読み取れます。

 仏教では、釈尊(しゃくそん・お釈迦様)が亡くなってからの千年を「正法(しょうぼう)」時代、次の千年を「像法(ぞうぼう)」時代、そしてそれ以降を「末法」時代の三時(さんじ)に区分します。

 「正法」千年の間は、なんとか釈尊の威光がおよび教えも正しく伝わりますが、千年を経て「像法」に入ると、その威光も衰えはじめ、教えも正しく伝わらなくなってきます。すると、仏像や寺塔など像(かたち)あるものを相争って造立し、教えの中身より、数や規模を誇る世の中(多造塔寺=たぞうとうじ)となってしまいます。

 こうして釈尊滅後、正法・像法の二千年が過ぎ、いよいよ「末法」に入ると、「闘諍言訟(とうじょうごんしょう=争いや論争の絶えない)・白法隱没(びゃくほうおんもつ=正しい教えが隠れてしまう)」という、釈尊の威光が消え失せた濁悪(じょくあく)の時代がおとずれます。「末法は万年」とされますから、令和の現在も「末法」真っ只中なのです。

 末法に入ったといわれる頃の日本は、「保元・平治の乱」、そして前代未聞の下克上「承久の変」が起こり、朝廷・貴族中心の世の中が瓦解し、武士が治める時代となります。国の形がひっくり返るような激変ですから、人々は先行きの見えない不安にかられました。加えて、毎年のように天変地異(天災)が襲いかかり、人々は生活の基盤を失い、生きる希望の見いだせない暗闇となったのです。日蓮聖人はまさにこの「末法」の夜明けともいうべき時代に誕生されたのです。

 さて、釈尊は法華経(ほけきょう)の中で、この「末法」の到来と、その濁悪の時代を託す上行(じょうぎょう)という菩薩(ぼさつ)が再誕し、法華経の教えによって人々(衆生)を救うと預言されています。

 日蓮聖人は法華経の教えを求め修学を重ね、この経文の預言にたどり着き「上行菩薩」の意識が芽生えます。さらに、法華経を弘める過程で、幕府や法華経を謗(そし)る人々から何度も命を狙われる迫害を蒙りますが、これも経文の預言通りでありました。こうした経緯から聖人は、「上行菩薩の垂迹*2」、すなわち我れこそは末法を託された「上行菩薩の再誕」であるとの自覚に至ったのです。後年には、釈尊を「」、自身を「(太陽)」に譬え、月は光あきらかならず、在世は但八年なり。日は光明月に勝れり、五五百歳の長き闇を照らすべき瑞相なり。*3末法の闇を照らす教主(きょうしゅ)たる確信を鮮明にされます。

 私たちは、法華経の教えに身命を捧げた(南無妙法蓮華経)聖人のご生涯、さらに日興上人のお仕えする姿から、日蓮大聖人を「末法の仏さま」として拝し「法華経的な生き方」をモットーとする信仰に励んでいます。

 余談ですが、釈尊が入滅した2月15日の次の日、2月16日に日蓮聖人がお誕生になっていることも、なにか不思議な因縁を感じます。

 源流院においては2月16日のご報恩経はもちろん、毎年第三日曜日に「御生誕祝賀会」を催し、法華衆同士の親睦和合をはかっています。

ご生誕祝賀会
ご生誕祝賀会の様子

*1 特別展 日蓮聖人縁起絵巻の世界―狩野栄川院と池上本門寺(編集発行池上本門寺霊宝殿)

*2「頼基陳状」日興筆

*3「諌暁八幡抄」

*日蓮大聖人のご生涯はあらためて掲載します。